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    下方であんなに急峻に眺められた山地は、今この高台盆地の周囲を低いなだらかな松山や雑木山となつて縁どり、その稜線は一種特別に冴えて、空とすぐくつついていた。奥地の方にはるかな山並みが盛り上つているほか、何も邪魔物がないことは、宛あたかもこの場所が地上にたゞ空とこゝだけしかないといふ感じを起させた。あたりは名状しがたい明さが満ちあふれていた。立木の一本一本、点在する人家の白壁や荒土の壁には、まるであたりの明るさを際立たせようとするかのやうにくつきりと濃い形がついて、それは遠くになるだけ鋭くはつきりしているやうであつた。そして、ぢつと見ていると、その黒い影は黄ばんだ山の斜面に少しづつ動いて喰ひこんでゆくやうに思はれた。

    徳次は気が抜けたやうに、口のあたりをもごもごさせるきりだつた。

    盛子は笑ひながら顔を紅らめた。

    「そんなこと位は造作もない。おれにとつては小指の先の芸当だ」

    房一は手足を洗ふと、簡単に診察着をひつかけて表へ廻つた。

    房一は苦笑した。

    「さあ、どうぞ。ずつとお通り下さい」

    あのことだな、と房一は思つた。訊いてどうかな、とは感じたが、相手があまりさつぱりしているので、

    「あなたは御存知ないんですかね」

    「それは惜しかつたですな。私などとちがつて学資の心配はなかつたでせうし」

    すると、道平の半ばひきつゝた表情の中には、又あの悦ばしさが、かうして歩いて来たことを人に見られるといふ満足が、ゆつくりと、何だか紙のずれるやうな工合に上つて行つた。

    「あの人はつまりこんな風な人なんだわ。こんな風に――」

    房一は苦笑した。

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