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    「あゝ、お医者?」

    そのとき、女房に命じて、温泉を加熱する装置を施してもいいか、ときかせると、

    「おい、ビールをくれ」と、しやがれた低い声で云ふと、土間の安テーブルの前に腰を下した。

    風呂にゆつくりとつかつた。

    広い家の中では盛子一人だつた。もうとつくに羽織袴も居間に出して置いたし、履物も足袋も揃へた。帰りさへすればすぐにも出かけられるのだ。だが、足音も聞えはしない。盛子はさつきから何度も玄関に出てみたり、それから裏口から外の小路に出て河原の方をすかし見たりした。

    急いであたりさはりのない返事をすると、今泉はもう隣りの人の方を向いて挨拶をした。

    が、一方盛子もまさに自分の幼時を知つていると云ふ見知らぬ人から声をかけられた時のやうに、目をぱちくりさせ、好意のまじつた当惑と云つたものを感じていた。

    男は眼を閉ぢた。何も答へなかつた。

    「いやあ、もう沢山ですなあ。さつきはどうも照れ臭くつて弱つたぢやありませんか。何と云つたつて、皆に顔を見られるんだから、たまつたもんぢやない。あんなに弱つたことは生れてからはじめてですよ」

    「畜生、おぼえていろ。」

    と訊いた。

    「あの人は来まいて」

    一座はしづまり返つていた。何か緊迫した気配があつた。――とにかく、それは予定の中には入つていなかつた。こんな風に突然誰かが立上り、荒々しい声を張り上げ、何を云ひ出すか判らないのにぢつと膝をついて聞いていなければならぬとは!

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